2008年 11月 06日
サッちゃんはネ! |

ところが有名なものに『赤とんぼ(三木露風:詞)』がありますが、この「アカトンボ」のところのアクセントはちょっと違うな、と私は思っていました。つまり曲には「アカ」にアクセントがありますが、私にはそれが話される場合「アカトンボ」の「全体が平板に発音されている」のではないか、と思ったのです。しかしこれは勘違いで、作曲の山田耕筰の地元・東京では「アカ」にアクセントとをおいて喋っていた(今でもそうかは知りません)のだそうです。
つまりある詞を曲にする場合、その言葉のアクセントになるべく合わせて作曲する、というのが昔からのセオリーだったようで、その方がやっぱり詞を理解しやすいということなのでしょう。
しかしどんな世界でもいつかセオリーを破る人が出てくるようで、黛敏郎か団伊玖磨かは忘れましたが、荒井由実(現:松任谷)が登場してきたとき、彼女を評して「画期的な作曲法」であると褒めていました。彼女のあの、「わざと歌詞とメロディを反発させた」ような歌曲には、私もずいぶん驚かされたものです。そしてそれは「新鮮そのもの」に思われたと同時に、「素っ頓狂で調子っぱずれ」のようにも感じられたのです。もちろん若者の感性にはぴったりだったのでしょう、今ではそれらの曲も「クラシック」となっています。
現在の若者音楽は、もはやユーミンのようにセオリーを意識することなく、普通に「詞曲分離?」ともいうべきものになっているようです。この「詞を意識しないメロディ」というのは、私には「コクのないビール」のように思われるのです。メロディというのは、やっぱり詞の意味を表現することによって、アピールするものが含まれてくるような気がするのですが、コクよりも「キレのあるビール」の方が良いという時代ということなのでしょうか。もっともサザン・オールスターズの桑田佳祐氏の作品は、一見何を言っているのか分からないようですが、言葉とメロディの相性は抜群のように思われます。そういう人もいるので、詞にこだわりたい私としては一安心しているところです。
「冬ぬくゝ畦やはらかき故郷かな」 勝又 一透
♪うさぎ美味しいかの山・・・
タイトル : セオリー セオリー ファッション情報
セオリーそれは着心地の良さにこだわり、あくまで自分らしく、さりげなくトレンドを取り入れた“New Basic”をコンセプトに、新しいファッションの提案をし続けている、NY発信ブランド。セオリーの魅力やセオリーのファッション情報をお届けします。...more
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